2020.9.16鳥飼玖美子 ♣大学入試改革と専門知
✏ 文=鳥飼玖美子
2021年1月に、初めて「大学入学共通テスト」が始まりますが、混乱が続いています。根本的な原因は、専門家の意見を軽視どころか無視して強引に政策を進めたことにあります。
「大学入学共通テスト」の迷走
まずは、混乱に至った経緯を簡単に振り返ります。これまでのセンター試験は年数を経て質も向上していたのですが、高大接続を標榜する大学入試改革が推進され、センター試験を廃止し、「大学入学共通テスト」(以下、共通テスト)に変える、となりました。
ところが周知のように、新共通テストは昨年から混乱続きでした。まず、高校で英語4技能を指導しているのだからと、「英語」試験だけは民間試験業者に丸投げの制度を導入したところ、別に受験料がかかることから経済格差による不公平が生じ、全国に試験会場が用意されておらず地域格差の影響が出ることも判明。昨年11月1日に英語民間試験導入は突然「延期」となりました。
次に、国語と数学に「記述式問題」を導入するはずが、採点の公正性が疑われる上、50万人の採点には1万人が必要で大学生アルバイトまで動員される事態となり、12月17日に「見送り」となりました。
それだけではありません。新型コロナ対策の休校による「学習の遅れ」を救済するためとして、共通テストの日程を二回に増やし混乱を招きました。本来の日程を第一日程とし、2週間あけて第二日程を設け、受験生はどちらかを選べることにしたのですが、第二日程にすると、私大の入試や国立大の二次試験との間が短くなり得策でないことが判明。加えて突然の決定に事務作業が間に合わず、肝心の日程を記入する欄が願書にありませんでした。各校は、独自の希望日程記載の書類を用意し、それを確認しながら全生徒の願書を「第一日程希望」「第二日程希望」に仕分けして入試センターへ送るという作業を強いられました。
専門家は警告していた
どうしてこのような事態になったのかを検証してみると、これは危うい、と警告していた専門家はいました。注意を喚起した学会もありました。
例えば、英語民間試験は7種類あり、それぞれ試験の目的・内容・難易度が異なるので公平に比較することは無理だ、と会議で発言したテスト理論や測定の専門家はいました。しかし、聞きおかれて終わりました。
受験生を再び混乱させている共通テスト「ダブル日程」も、専門家が「いくら似たように作っても、2種類の試験は完全に等価とはならないので、不公平になる」と注意しましたが、これも無視されたままです。
英語4技能の測定についても、「4技能」は総合的に育成するものであり、技能別に測定しなければならない理由はない、センター試験は「読む・聞く」の2技能しか測っていないという批判は当たらず、設問で工夫して「話す・書く」という技能も測っていることを、何人もの英語教育専門家が2013年から指摘してきましたが、政策は強行され、破綻しました。
なぜ専門家が軽視されるのか
専門家を政策の都合により利用したり軽視したりは、新型コロナ感染症対策でも見られました。
英語教育や大学入試のように、重要だとされながらも生命に関わらないような問題は、政治でどうにでもなることは、「大学入試のありかたに関する検討会議」の議事録で読むと明らかです。この制度設計では混乱するとの危惧があったとしても、「東京オリンピック開催の2020年には改革する」という政府の意向にはかないませんでした。
しかし、これは政治家だけが悪いのではないかもしれません。なぜなら、政策を決める会議には「識者」と称する専門家が委員として参加しているからです。政府の方針に合わせてくれるような専門家を選ぶという問題はありますが、どの専門家が正しくて誰はダメなのかは分かりませんと言われたら、それまでです。反対意見を主張する専門家を審議会に入れたら、議論に時間がかかることは明らかなので、避けたいとなるのは仕方ないでしょう。
すると解決策としては、専門家として適切な判断ができて倫理感を強く持つ研究者を育成するしかなさそうです。大学入試改革では、記述式問題についても英語民間試験導入についても、政策立案に関わった専門家の民間業者との癒着や利益相反行為が疑われました。これでは、専門家が尊敬されるどころか、学問の世界が自ら崩れていくことになりかねません。専門知とは、人類の持続的未来に貢献する使命を果たすためにあることを。改めて確認したいと思います。
❐ PROFILE
東京都生まれ。立教大学名誉教授。コロンビア大学大学院修士課程修了。サウサンプトン大学大学院博士課程修了(Ph.D)。著書に『10代と語る英語教育──民間試験導入延期までの道のり』(ちくまプリマー新書)、『ことばの教育を問いなおす──国語・英語の現在と未来』(共著、ちくま新書)、『英語教育の危機』(ちくま新書)、『本物の英語力』(講談社現代新書)など多数。
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