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2020.7.3川島 健 ♣文化と差別について

川島 健 ♣文化と差別について

✏ 文=川島 健

 

 違和感がある。差別にみえる。でもどこがといわれると答えられない。された側はすぐわかるけど、する側はそのつもりはなかったという。差別はなかなか難しいもの。差別やいじめが起こると、共感や感受性など、加害者側の心を豊かにすること、それを育む環境改善をする方策が検討されることが多いようです。しかしこと差別に関しては、複雑で構造的な解決方法を必要としています。

 現在、差別との関連でダイバーシティ(diversity)という言葉がよく使われます。「多様性」と訳されるこの言葉もまたとらえどころのないものです。Cambridge Dictionary には “a situation in which many different types of things or people are included in something” という説明があります〔註1〕。現在よく使われている用法では、多様な人種、民族、宗教、性のあり方をみとめ、それに応じた、様々な社会参加を促すための視座と理解していいでしょう。

 ダイバーシティ自体は素晴らしい。しかしその旗のもと、政策や人材育成の改革が進んだとしても、差別行為が起こるメカニズムは解明されないし、差別をなくすこともできません。本稿の目的は差別問題が発生する構造を考えていくことです。

 

  • Balaclava

 

 近年、ファッション界では様々な差別問題が起こっています。Coleen Barry というジャーナリストが、最近のファッション業界で起こった、差別にまつわる問題をまとめた記事があります〔註2〕。興味深い事例が並びますが、ここでは Gucci が発売しようとしたセーターを題材にしたいと思います。

 問題となったセーターは、2018年秋冬コレクションの一商品として売り出されましたが、非難が殺到し、2019年2月には販売中止になりました。この黒のハイネックのセーターは、顔の下半分を覆う部分の口型の開口部があり、そこが赤く縁どられています。まるで黒い皮膚と真っ赤な唇が模されているようです。

 この商品は Balaclava Knit Top と名付けられていました。Balaclava は「目出し帽」と訳されます。この帽子の起源は、19世紀半ばのクリミア戦争のバラクラウバの戦いだといわれています。寒い地域で戦うイギリス兵のために用意された帽子がその始まりというのが定説です。

 Balaclava Knit Top の一番の特徴は赤く厚い唇のような部分です。おそらくこれが差別的と言われた原因だと思います。しかしこれのどこが問題かと問われると、きちんと説明するのは難しいと感じる人が多いのではないでしょうか。

 

  • 身体部位

 

 Balaclava Kit Top を詳しく分析する前にもうひとつの事例を紹介したいと思います。2017年のメジャーリーグ・ボールのワールドシリーズ第三戦でのことです。アストロズの Yuli Gurriel 選手が Dodgers の Yu Darvish からホームランを打ったあと、ダッグアウトにもどり、手で目じりを吊り上げる仕草をしました。これはすぐに差別と認定され、Gurriel は出場停止処分となりました。

 Gurriel の仕草のどこが問題なのでしょうか。The Los Angels Times 誌の記事からの引用です。

 

He returned to the Astros’ dugout, where he put his fingers to the sides of his face and lifted the corners of his eyes — a “slanted eyes” gesture widely regarded as a racist mockery of Asians〔註3〕.

 

 “Slant-eyed”は、東アジアの人々を侮蔑する行為と考えられています。もともとはベトナム戦争時、北ベトナム軍の兵士を示す侮蔑的に示す行為として、アメリカ兵のあいだで蔓延したものといわれています。

 ベトナム人を含め、東アジア出身の人は一重が多く、欧米の人々に比べると切れ長な目をした人が多いといわれています。“Slant-eyed”は徐々にその侮蔑の対象を広げ、東アジア全般の人々を揶揄した仕草となっていきました。

 Gucci の BalaclavaとGurriel の行為の共通点はなんでしょうか。それは特定の民族を、身体部位のデフォルメで表象してしまうことです。赤く厚い唇=黒人、一重瞼=アジア人、というように。このようなステレオタイプに依拠してしまうことが差別と考えられています。

 アメリカのエンターテイメントにおいて黒人は侮蔑的に描かれ続けてきました。“Blackface” は非黒人が黒塗りをして黒人を演じるエンターテインメントの演出のひとつでした。“Blackface”は大げさにメイクアップされるのが常でした。肌や必要以上に黒く塗られ、唇はこれでもかと赤く厚く彩られました。そのようにして演じられる黒人は、たいてい間抜けぶりが強調されました。黒い肌と厚い唇はエンターテイメントの歴史の中で負の記号を与えられ続けてきたのです。

 

  • Diversity

 

 ここで Balaclava を販売中止にしたさいの Gucci の謝罪文を参照してみましょう。

 

We consider diversity to be a fundamental value to be fully upheld, respected, and at the forefront of every decision we make. We are fully committed to increasing diversity throughout our organization and turning the incident into a powerful learning moment for the Gucci team and beyond〔註4〕

 

 謝罪文のキーワードは「ダイバーシティ」です。Balaclava Knit Top は厚い唇を象徴するようなデザインを特徴にしました。どうしてそれがダイバーシティを損なうのでしょう。

 Gucciの商品は、特定の身体部位を強調し、特定の民族を侮蔑的に表す、記号の体系を喚起するものでした。その意図がなかったとして、そのように解釈しうるコンテクストがあることを無視してしまいました。

 このような身体部位の強調の裏側には、白人の身体がデフォルトとして透けてみえてきます。白人の唇は薄く、肌は白い。それに比べて黒人の唇は厚く、肌は黒い。“Slant-eye” の差別も白人の目が大きく二重であることを前提にしています。基準としての身体があり、それとの差異が揶揄の対象になるのです。デフォルトの身体からみたときそれはノイズなのです。

 ダイバーシティはまず、デフォルトとノイズという序列を解消するものでなければいけません。しかしそれだけではありません。ステレオタイプ化は、特定の身体部位の、デフォルトから外れた特徴を、特定の民族や国民の記号として扱うことでした。それは、特定の人種、民族のなかでも様々な特徴を持つ人がいるという事実を無視することです。黒人でも唇が厚い人も、そうでない人もいます。東アジアの人でも、大きな二重の目を持つ人がたくさんいます。現に Darvish の目は二重です。

 民族や国民が、特徴的な身体部位、身体能力を共有しているという考えがステレオタイプを作り、ダイバーシティを損なうのです。地毛が茶髪の学生に「日本人なんだから髪を黒く染めろ」というのももちろん差別です。本来、多様な身体的特徴を持つ個人に、ステレオタイプ化された民族や国民像を押しつけてしまうことが差別の淵源なのです。

 

  • 最後に

 

 差別行為が問題視されたあとの謝罪はたいてい意図的ではなかったということを釈明の根拠にします。しかし問題は、意図の有無ではなく、知識がなかったことにあります。豊かな情緒と感情を育むことが重要であることはいうまでもありません。しかしそれがあったとしても、人を傷つけ差別をしてしまうのが人間です。

 差別の多くは無知から生じます。差別を避けるためには、歴史的に構築されたステレオタイプの存在を知る必要があります。わたしたちは、目の前にいる個人をまっさらな気持ちでみなければならない。しかしそれは存外に難しい。わたしたちが知らず知らずに内面化しているデフォルトを解除しなければならないからです。

 

〔註1〕“diversity”. Cambridge Dictionary. 

〔註2〕Colleen Barry. “From Gucci to Prada, fashion fails evoke racist imagery”. The Philadelphia Inquirer. Feb. 7, 2019.

〔註3〕Hailey Branson-Potts, Andrea Castillo, Bill Shaikin, and Amina Khan. “Yuli Gurriel’s offensive gesture unleashes World Series debate about racism and political correctness”. Los Angels Times. Oct. 29, 2017.

〔註4〕@gucci Twitter Feb. 7 2019.

 

❐ PROFILE

同志社大学文学部教授。早稲田大学卒業。ロンドン大学ゴールドスミス校にて Mphil 取得。東京大学大学院にて博士号取得。早稲田大学高等研究所助教、広島大学大学院文学研究科准教授を経て現職。著書に『演出家の誕生──演劇の近代とその変遷』(彩流社)、『ベケットのアイルランド』(水声社)、訳書にジェイムズ&エリザベス・ノウルソン『ベケット証言録』(共訳、白水社)など。