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敗北と文学/アメリカ南部と近代日本

(著者)後藤和彦

南北戦争60年後に開花した「南部文芸復興期」最大の作家ウィリアム・フォークナーから、近代日本文学を代表する夏目漱石に至るまで、さまざまな作家を取り上げ、戦後60年を迎えた日本の文学的モラトリアムの終結を提唱する。待望の本格的文学評論!

四六判上製

359

3240円(税込)

4-7754-0080-0

2005年5月30日

   
    敗北から文学へ 滞留、そして超越
    近代という名の敗北|ヘンリー・W・グレイディ、夏目漱石、ドナルド・デイ
     ヴィッドソン、アレン・テイト、保田與重郎
       〈敗北の文化〉、その歴史観
       異形の「近代」と歴史オブセッションの原理
       ヘンリー・W・グレイディ、「新南部」旗手のディレンマ
       〈近代〉と出会うこと―日本近代と夏目漱石の苦渋から
       交錯する〈近代〉と〈南部〉 ヘンリー・W・グレイディとハンク・モーガンの失敗
       転向の軌道、「逃亡者」から「農本主義者」へ
       南部の人、ドナルド・デイヴィッドソン―『丈高き男たち』
       「群れの人」 南部ナショナリズムへの路程、「幸せ」への道行き
       アレン・テイト、南部という呪い
       迷える旅人、モダンから南部へ―「旧南軍戦没者によせるオード」
       テイトの南部 忌避と愛慕のシネクドキー
       〈モダン〉か〈南部〉か、南部モダニストの行方
       日本近代という「転轍」
       「近代の超克」と保田與重郎 不如意の近代から「農の道」へ
    父・なき・世界|三島由紀夫、ウィリアム・アレクサンダー・パーシー、ウィリアム・フォークナー、中上健次
       敗戦とふたりの父 三島由紀夫『金閣寺』
       切り裂かれた天 「則天去私」から
       語らぬ言葉 敗北の文学へ
       第三世代の戦後文学 父、その沈黙の意義
       永遠の息子 ウィリアム・アレクサンダー・パーシー『護岸の灯火』
       父親像の行方 矛盾と乖離の彼方
       不肖たる決意 敗北後を生きるとは
       祖父の名 ウィリアム・フォークナー
       敗北という名の愛、エステルへの「愛」
       キャディ、キャディ! 『響きと怒り』、敗北の文学
       死を手向ける人 クエンティン・コンプソン
       「所詮」を生きる人 ジェイソン・コンプソン
       「父親」二像 父コンプソン氏とは
       「父」なき世界 中上健次と戦後日本
       死に行く「父」、生きている父
       「アメリカの影」を越えて―戦後から「非-戦後」へ
    敗北の文学のために コーダ

■ 「フォークナー」第8号に掲載されました

「敗北の文学」を読めてしまっている著者は、おそらくはそれ故に「敗北の文化」への「愛」に引き裂かれているのだ。それは批評家と研究者との間、あるいは文学と歴史との間で引き裂かれることと同義であり、また「戦に敗れ国を失うことは、人を愛してしまうことと似ているのではあるまいか」(九)と始まる書物が、終章で「戦争に敗れ国を失うことが、人を愛してしまったことと同じであるはずがない」(三一五)と始められねばならなかったことと通底しているはずである。
(諏訪部浩一 東京学芸大学)

■ 「読書人」2005年8月21日号に掲載されました。

〜本書は戦後日本に生まれて南部文学研究に深入りせざるをえなかった者の必然的来歴を巡る「小説」なのであり、「研究」の論理性と「小説」の恣意性とが互いを支えあった稀有の書なのである。研究の精密さが小説的誠実につらぬかれているさまを思い知らされた読者は、納得するというよりもむしろ深く感動するだろう。〜同書評より
(平石 貴樹氏 東京大学教授)

■ 「朝日新聞」2005年8月19日号に掲載されました。

〜フォークナーらの「南部文芸復興」は戦後六十年間の歳月を必要とし、その根底には「強い祖父・弱い父・熟成する子」という世代交番のドラマがあった。  「日本の敗戦から数えて第三番目の世代」である著者が、批評のモチーフをつかんだ出発点である。 〜同書評より
(野口 武彦 氏 文芸評論家)

■ 「出版ニュース」2005年7月11日号に掲載されました。

〜「失われた大義」「神話」への精神的依存など、文学にとって「敗北」の意味を問い、日本とアメリカで通底するものを探り出すべく、著者は「近代という名の敗北」と「父なき世界」という2本の柱を立てて、ヘンリー・W・グレイディ、ウィリアム・フォークナー、夏目漱石、三島由紀夫、中上健らの作家の位置と時代の関係を追求する。〜同書評より

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